大倉山の人々

大倉山の人々#3【肉のヤマザキ①】

 

大倉山の人々#3
【肉のヤマザキ】
山崎孝史(やまざきたかし)さん
   山崎和真(やまざきかずま)さん
大倉山駅から、綱島方面
線路沿いに歩くこと10

大曽根商店街にある
家族で経営する

精肉店のお話です。

■山崎孝史(やまざきたかし)さん
大曽根小学校→樽町中学
高校卒業後
東京の精肉店へ修行
大工→トラックの運転手を経て
27歳の頃
本格的に家業に参入(和真さんが1歳)

■山崎和真(やまざきかずま)さん
大曽根小学校→樽町中学
高校卒業前から家業に参加
現在は1児の父

家族構成(3代目・和真さんの目線)

おじいちゃん(社長・接客・全体管理)
おばあちゃん(接客・惣菜担当)
おじさん     (接客・配達・保育園関係)
お父さん     (孝史さん 接客・仕入れ・製品化)
お母さん     (接客・惣菜担当)
和真さん     (接客・経営戦略・製品化)
妹さん        (学生)

家族なので誰かが困っていたら
仕事全般を助け合う体制
役割もこだわりは無しです。

肉のヤマザキ〜歴史
創業1965年(昭和40年)

おじいちゃんが23歳の時

 

 

 

 

 

1番最初のお店は
大曽根商店街
裏手にあるエンゼルスーパーが
マーケットだった頃
肉のヤマザキ
おばあちゃんと共に創業。

大曽根商店街にある
田中青果さんの先
美景寿司の斜め前に
2番目の店舗を構え

家族経営を本格的に
始めるようになった

2006年

 

 

 

 

現在の場所(薬局の跡地)に移転

昭和・平成から
令和の時代を追いかける 進化型精肉店の実態

Q:仕入れから製品化までの流れを教えてください

孝史:うちのお店は
性別から何から、わかった状態で
骨つきで買い付けをして
1週間から10日の間
冷蔵庫で寝かせます。

肉は買ってきた時が
いいとは限らないんです。
ある程度、の様子を見ながら
1番いい状態で販売するのですが
それまでは何日かかかる。

1番いい状態になったら
骨抜きを始めて油を削ったりして
次の日に販売します

水を飛ばす所から
モモ・肩・ロース・バラ
パーツごとに分けて
製品化しているですが
今こんなことやってる精肉店、他にない(笑)

正直、時間がかかるので

今は、切れる状態の肉を持ってきて
売るがスタンダードなんです。

牛はすごく、デリケート
すすができると黒くなり
見栄えが変わる。
商品にはできないので
とにかく早く早く作業します。

Q:冷凍しても美味しい違いは?

孝史:どこまで水分を飛ばせるかどうかです。

油の厚い薄いで
耐えられる豚
耐えられない豚がある。

耐えられない豚はベトベトする
耐えられる豚
2週間置いていても変わらず
水分だけが飛んでいく

なので
冷凍した時に固まるのは水分
その水分が極力少なくなっているので
お肉の状態のままできる
うちのお肉は
冷凍しても大丈夫ですよ
鮮度がいい状態で食べられます。
とにかく味が大事!

豚の骨を抜く前の枝肉

 

【取材のこぼれ話① & 思ったこと】
おじいちゃんのお話)

お店に行くと
笑顔で出迎えてくれる
穏やかなおじいちゃんが
肉のヤマザキの社長
山崎進一さん(79歳)

肉の知識は桁外れ社長である
「おじいちゃんからの教え」

代々受け継がれていて
今も肉のヤマザキの軸となっている。
23歳の頃からお店を始め
79歳となった今もなお、現役だという

「休みの日は家で休んだら?」
と家族が気遣えば
店にいたら何かヒントがあるから
  休みの日は店にいるんだ。
  商人だから、店にいなきゃだめ」
そう言って
休みの日もお店で過ごす。
この道50年以上の
“Mr.精肉マン”

仕入れたお肉を製品化する為
昔は70−80キロの牛を担いでいた
現在も20キロの牛を担いでいるという。
恐るべし、おじいちゃん。
凄すぎる。

おじいちゃんの
現在の趣味は
家族からのプレゼントされた
タブレットでYOUTUBEを見ること
常に時代とともに
アップデートし続けている
おじいちゃん。

美味しいお肉を仕入れて
美味しいものを展開するのは当たり前
嘘なく誠実にお客と向き合う

当たり前のことを維持して50年以上
ただただ脱帽です。

Q:息子さんはどのようにしてお店に参加したのですか?

孝史:僕は肉屋やらなくてもいいよ!
好きなことをやれば?
教師とか向いてるんじゃない?
と勧めていたんです。

和真:勉強したくなくて(笑)
高校を卒業する時に
肉屋やろうかなって親父に言いました。

孝史:それならおじいちゃんに言えばと
それがスタートです。

【取材のこぼれ話② & 思ったこと】
親子のお話)

和真さんが高校生
アルバイトとしてお店のお手伝いを
していた時のこと

孝史さんの目には

すごく、よく働いて
真剣に仕事に向き合っている姿勢がある
と感じたという

息子を外の世界に出すと
もったいないと思って
おじいちゃんに任せた。

本来であれば
修行に出したり
精肉の専門学校に行かせたり
色んな選択肢があった中

お肉屋さんは店舗によって
スタイルが違うので
余分な知識が必要ないという
父・孝史さんの判断で卒業後、
肉のヤマザキに入社
即戦力となる。

終始、仲が良い山崎親子
父である孝史さんはカメレオンのように
息子に対し態度を変える。
これがすごく印象的でした

■父親
■上司
■師匠
■親友
■後輩
話の内容によってキャラクターを使い分け
色んな関係に変化する

何より
息子に対するアドバイスがシンプルで的確
この距離感が絶妙で柔軟

息子・和真さん
知識0(ゼロ)の状態から
仕事を始めて
5年目となる今
若手がいない
食肉業界の光となっている。
現在は戦略を立てて
会社のブランディングを担当する
“精肉ビジネスマン”となった

Q:奇跡に近い、生ラム販売のきっかけとは?

和真:ラムの販売は本当にエグいです(笑)
食べられるお店はあっても
本州で買えるお店ってないんです。
北海道でも買えるお店は、
ほぼない状態。
流通がないのに
なぜ、うちで売ってるんだろうと。。(笑)

孝史:ラムは電話1本で仕入れました。
知り合いの市場に電話、営業と知り合い
営業の知り合いのエサ屋さん、
エサ屋さんが知っている
お店と繋がり
「言っとくからいいよ」
「頼むね!」
「言っといたよ」
ここまでの流れで1週間でした。

【取材のこぼれ話③ & 思ったこと】
孝史さんのお話)

生ラムの仕入れの話1つとっても
孝史さんの人柄が
十分に詰まったエピソード

孝史さんのお父さんにあたる
おじいちゃんからの教えを軸に
昭和から平成をアップデートし
肉のヤマザキの仕入れから製品化までを
全てを行っている。

「利益よりも対人」
何度も孝史さんから出た言葉。

生ラムの仕入れも
先方に負担をかけさせないような
状況を作り、交渉をする。
自分たちでできることは全部する

お客さんに
美味しいものを食べてもらいたい
シンプルにその想いだけで
孝史さんの周りの人が動く。

おじいちゃんから受け継いだ
孝史さんそして
家族全員の想いが
カタチになっているのが
今の肉のヤマザキ

孝史卸もやっているけど
本当に少なくて
お金を握って来てくれるお客様に
とにかく全集中したい。
商品を売って終わりではなく
テーブルの上に
載せるまでをイメージした提案

を心がけています

献立に迷い
何を作っていいかわからない場合
お肉の使い方を聞きたい場合
肉のヤマザキさんに行くと
お手軽な提案をしてくれるので
お気軽に相談してみてください!!

 

肉のヤマザキさん後編

大倉山チャンネル
読んで頂き
本当にありがとうございます

今回は2部構成で更新いたします。

後編は
■和真さんの話
■家族の話
■地域貢献の話

肉のヤマザキさんの
過去・現在・未来
多くの皆様にお届けできますように。

 

肉のヤマザキ 〒222-0003
神奈川県横浜市港北区大曽根1-26-1
TEL 045-542-5529

日曜定休日詳しい詳細は
公式Instagramをご確認くださいませ!

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ookurayamachannnel
気づけば 大倉山に10年住んでおります! この街の日常・魅力を多くの方へ届けたいと思っております。 気になったことはTwitterやInstagramなどにも配信。 地元の皆様・大倉山に興味のある皆様のアンテナとして 当たり前の日常を一緒に共有できますように。